読書とよもやま日記

読書とよもやま話の日記、たまに短歌鑑賞します。

何度も語り直すアイデンティティ

正月以降、この本を繰り返し読んでいる。古本屋で150円で買ったのだけど結局Kindleもポチしてしまった。


『じぶん・この不思議な存在』鷲田清一著

じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書)

じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書)

 

 


平易な言葉で書かれているのに、びっくりするような文言がそこここにある。


ひっかかり、ひっかかり読むので、1回目読み終わるのに時間かかった。


びっくりポイントはいくつもあったのだけども、今日響いたのは、以下のこと。


著者がまず挙げた例はアスリートの話。メンタル・トレーニングの活用により、練習も本番もポジティブなイメージを持って臨めるようになり疲れを感じなくなった、とアスリートは言うのだが、著者はこれが危険では?というのである。


本番で少しでもイメージと違う状況に陥ると、予め持ってた1つのイメージがまったく役に立たなくなるのではないかと。1つのストーリーを決めてしまうことで、柔軟性がなくなるのではないかと。


そこから著者はアイデンティティの柔軟性について話を進めていく。


・アイデンティティとは自分に語って聞かせるストーリーである。

・アイデンティティとは、他者との関わりのなかで求められる側面を持つ(あんたが何者か説明してくれ、ということ)。

・人は一貫したストーリーを持ちたがるけれども、融通のきかないストーリーに固執することはむしろ不自然である。

・人生は自分の自他の関わりのなかで、自分に聞かせるストーリーを破綻を繰り返しながら何度も語り直すことに他ならない。


なんか、すごく納得できた。まだ消化しきれないとこもあるけれども…。


私はよく時間管理の本も読むのだが(そして読むとすぐに、ヨシ、この通りやろう!と思うのだが)、時間管理の本ではたいてい、自分の人生の目標を明らかにして、優先順位を決め、それに沿って時間を使うことが推奨されている。


そのこと自体は今回の本と矛盾はしないが、人生の目標の見直しは柔軟にしないとあかんよ、ということは言えそうだ。そして、人生を貫く一本の線のようなアイデンティティは幻想だと思っておいた方がいいのかも。(高度な技を持つ職人さんなどはそういった一本貫くアイデンティティが人生の早期に見つかった幸運で稀有な例なんだろうと思う。)


追伸)この本はひらがなの多い文なんだけども、えー!みたいな文言がほんとに多い。


追伸2)

去年読んだ楠木建の本に通じるところがあると思った。楠木建さんも、人生に予め予定なんて立てられない。ある程度流されるほかないというようなことを言っている。