短歌と妄想

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分人

平野啓一郎の分人主義の本を読みました。

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)



平野さんが、高校時代の友達と、大学時代の友達、両方と一緒に飲みに行った時の、居心地の悪さから着想された本のようです。


ある人の人格は、ほかの人とのコミュニケーションにおいて生じる。ある人との間で生じる性格を、分人と定義する。多様な人と接する人は、沢山の分人を持っている、というのがキモの考え方です。


学校でのしっかりものの分人。
ネットでのはっちゃけた分人。
家族の前での甘えっ子な分人。


八方美人は、分人が多すぎるのではなくて、一つの分人をいろんな人に使いまわすから嫌われるのだ、という指摘が面白い。


特定の人と親しくなると、その人との間に新たな分人が形成される。でも、片思いだと、自分はその人用の分人を形成しているけど、相手はほかのクラスメイトと同じ、浅い分人で接してくるかもしれない…。


ある環境で、萎縮した自分(分人)でしかいられないのなら、その分人がメインだと考えなくてもいい。別のコミュ二ティで生き生きしている分人を、大切にすることで、自分を傷つけるような考え方から逃れられるかもしれない。


誰かが亡くなった時。周りの人は、その人を失っただけでなく、その人との間で生じていた分人をも失うことになる。その影響は計り知れない。


という感じでいろんな現象を、分人という観点で整理し直すと、おお!という発見があります。

 

「スラック」の概念を知った時と同じくらい、へえ〜〜!と思いました。