短歌と妄想

短歌鑑賞ブログです!と言いつつほぼ読書日記です。

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ジャッジされたくない

文章の書き方を教えている人がいて、たまにWeb上のその人の文章を読みに行っていた。


だけど、その人が「正直、40代にもなって何がしたいかわからない人は困る」というようなことを言っていて、その後は二度と読みにいかなくなった。


自分がその人の指導の対象外だとわかったし、はっきり言えばアタマにきたからだ。


今いる状況からなかなか抜け出せない人がいる。わたしもそうだ。


十年一日の日常を送っている。


それは私がそういう道を選んでいるからだ。だけど、少しずつもがいている。少しずつ新しいものを見ようとしている。


そういう人を「もう遅い」と突き放すような先生に、山崎ナオコーラの『お父さん大好き』をつきつけたい。

 

 

お父さん大好き (文春文庫)

お父さん大好き (文春文庫)

 

 

 


【ネタばれ注意】

 


(といいつつ、お父さん大好きが本棚のどこにあるのか発掘できない。近日中に発掘して正確に引用します。ごめんなさい)


脳内から引用するとこんなふう。


仕事がうまくいかず、妻にも逃げられた30代の男性。あとには妻の連れ子、娘が残された。娘はふがいない主人公を「お父さん」と慕ってくれている。


ろくに子の面倒もみられない自分、出社してもまったく成果をあげられない自分、帰ってくると疲れはてて泥のように眠り込んでしまう自分。


それでも、朝、布団から出て、窓をあける。


そのこと自体が、「生きる」「今日も生きる」というシュプレヒコールなのだ。こぶしを挙げて叫ぶのとおんなじなのだ。


……


ていう話。


わたしはこれを先生につきつけて、何が言いたいのか?


「生きる」とシュプレヒコールをあげている人を、ジャッジしてほしくない、と言いたいのです。