短歌と妄想

短歌鑑賞ブログです!と言いつつほぼ読書日記です。

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生真面目な子供に〜。

本屋で少しだけ立ち読みした本で(買ったわけじゃないから名前は伏せる)、何人かの歴史上の偉人を取り上げて、彼らが実はこんな失敗や、あんな失敗もしていたよ、というものがあった。


もう少し詳しくいうと、1人の偉人につき、①最初の見開きで、こんな性格で、こんなことが得意、こんなことが恵まれてた、と説明されて、②次の見開きで、でもね、こんな失敗やらかしました…と続き、③最後の見開きでこんな風に立ち直ってこんなに有名になったよ、それはこの人のこんな努力や工夫、こんな気づき、周りのこんな助けがあったからだよ!…という作りになってます。


二宮金次郎が村の財政改革に取り組んでたけれど、人々の対立がひどくてあまりにうまくいかないので、村を逃げ出し温泉旅行に行った…という話が面白かった。その後、気を取り直して村に戻り、対立を乗り越え、結局財政を立て直したそうです。そうだったのか。

 

温泉が立ち直りに役に立ったんだね!


しかしまぁ自分が子供だったとして、これを読んで、失敗してもやり直せば「偉人になれる」と思うようだと、のちのち困るんではないか。


だって、失敗したってたいていの場合、なんらかの意味でやり直しがきくのは本当だけど、偉人になれる可能性は微々たるものだから。


偉人の失敗を「やらかした」と表現していて、そこからの立ち直りにフォーカスしてるのは新しいけど、結局、「偉人を目指せ」と言ってる点では、昔からある子供向け偉人伝となんら変わらないなぁと思った。


生真面目な子供(私はかつてそうだった)が真に受けると、場合によっては長じて「何者にもなれない私」を受け入れるのが困難になるのではないか。つまり、こじらせる。


私にもし子供がいたら(いないがな)、別の本を買い与えるな。その本は誰かが歩んでいくプロセスそのものを大事に描くもので、道中では、本人の当初の狙いとは違うものが得られたりもして、回り道もあり、結末では、必ずしも劇的な変化はもたらされないが本人がどこか変化している、という本だな。


それは例えばこんな本だと思う〜〜。


扉の向こうの物語 岡田淳著

扉のむこうの物語 (名作の森)

扉のむこうの物語 (名作の森)