短歌と妄想

短歌鑑賞ブログです!と言いつつほぼ読書日記です。

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ストッパーを外せばいくらでも

堀江貴文さんの『ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく』を読みました。私は慎重さが高く、いわゆる“多動力”がなくてグズグズしがちです。なので多動力を押し出してる堀江さんが気になる今日この頃。

 

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

 


最も印象深かったのが、やりがいはどこか遠くにあって、そこに向かって探しにいくものではない、というところでした。


やりがいは自分で作り出すもの。その例として、刑務所内での袋折り作業を挙げています。ノルマとして1日60袋折るのに、最初は時間が足りなかった。でも自分で作業の効率化を図って、最後には75袋折れるようになり単純に嬉しかったと言います。刑務所でもやりがいは作り出せると…。

 

すごい説得力だと思った。


刑務所では何にハマるか、選択の余地はない。だから袋折りにハマってそこでやりがいを感じることになった。


刑務所の外なら、実はハマるものはなんでも良い。何にはまってもやりがいを感じることはできる。だって刑務所内の作業ですら、感じることができたのだから。


ただ、何にハマるのかは自分で決めるのが大事。人に「させられる」のはだめ。


自分が何をしたいのかわからない、という人には堀江さんはこう言ってます、「誰か好きな芸能人はいないの?その人に会うために例えば俳優になるとか、映画監督になるとかはどう?」


するとみんな「それは無理ですよ」と苦笑する。それがよくないと堀江さんは言う。


何かにはまってやりがいを感じたいなら、「これいいな」という自分自身の感覚を大切にしろということらしいです。その感覚に「無理」というストッパーを自らかけるのをやめろと。ストッパーをかけなければ、やりたいことはいくらでもある、そして「これにハマろう」と決めればやりがいはいくらでも作れる、ということなんですね。


なんか、楽しくなった。