短歌と妄想

短歌鑑賞ブログです!と言いつつほぼ読書日記です。

短歌と妄想

短歌鑑賞ブログです!ときどき読書日記です。

結末を観ないで育った子は

先日、ケーブルテレビで83年の映画『時代屋の女房』を放映していました。夏目雅子と渡瀬恒彦主演の映画です。

 

時代屋の女房

時代屋の女房

 

 

ついつい観てしまったのですが、夜遅かったので最後の20分が観られませんでした。

翌朝、最後まで観たはずの母に結末をたずねると、「お父さんがチャンネル変えたから最後がみられなかった!」と怒っておりました…。(さすがにCSまでは録画カバーしてなかった。)
 
またか。チャンネル権は昔から父が握っています。もう問答無用なんですよ。「このテレビは俺のテレビ。この居間は俺の部屋。文句があるならもう一台テレビ買え」とか、言うからね…。
 
思えば幼い頃、アニメ番組のクライマックス直前にスイッチを切られ、「お父さんのバカ」と泣きながら眠ったこともありました。当時はビデオデッキ家になかったし。翌朝、父にこう言われた。
 
「おい。お父さんだって、昔漫画をとりあげられて最後まで読めないことあったぞ。そしたらおじいちゃんに『自分で想像して最後を作れ』と言われたんだ。お前たちもラストシーンまで自分で頭の中で想像して作れ。楽しいぞ。」
 
なんじゃそりゃ~~。教育的効果を狙ってチャンネル奪ったことにしてるよ。後付けの理屈だ!と思いました。
 
その後、布団の中で毎夜ストーリーを作りだしていた私は、長じて脚本家になった……はずもなく、クリエイティブとは全く縁のない人生を送っております。
 
結局、アニメ番組は最後まで観られる保証がないから、あまりはまることなく、おもに漫画に娯楽性を求めるようになりましたね。結末を奪われる事態から自分を守ったんだな。
 
映像の結末を観なかった子供は、想像力が刺激されるのか?
 
そんなはずないと思うよ。その証拠に、結末を観ないでしまったアニメ番組はどんな番組だったか全く覚えていない。記憶から消去されてしまったもんね。想像力はどんなときに刺激されるかっていうと、自分の想像を超える何かに触れたときに刺激されるんだぞ!