短歌と妄想

短歌鑑賞ブログです!と言いつつほぼ読書日記です。

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米光さんのタロット本

アマゾンから米光一成さんのタロット本をおススメされました。友達のタロットの投稿を見ていたこともあり、ポチしてみました。


『思考ツールとしてのタロット』米光一成著


Kindleでさっと読めます。タロットカードの絵柄の説明も大アルカナ22枚についてのみで、すごくざっくりしてます(タロットは他に小アルカナ56枚があるらしい)。


だけど、読んだらめっちゃタロットに興味が出てきました…タロットの意義を、すごく腹落ちさせてくれる本です。


ある問いを念頭にカードを引いたとします。そのカードの絵柄が象徴すること、そこから連想して、頭に思い浮かんだことが問いの答えになります。


タロットカードの絵柄が持つ様々な意味を、米光さんは「視点」と言ってます。22枚の大アルカナだったら、22の視点があるということになる。


その豊かな視点の中から、裏返しのまま一枚抜き出すという偶然性が、こちらのガードを緩めてくれる。


それによって、頭の中で「ないこと」にしてた考えが引っ張りだされる。タロットカードには、モヤモヤしてて、はっきりしてないことに、シュッと形を与える効果があるんですね。

 

答えは、カードではなく、カードを引いた人間の側にあるんですね。

 

コーチングカードの『Points of You』に、ものすごく似ていると思いました(逆か、POYがタロットに似てるんですね)。


さて、今日さっそく「お盆休み」について、タロットを引いて見たところ、「女教皇」のカードが出ました。


『鏡リュウジの実践タロットリーディング』によれば、「(女教皇の)このカードが出たときは、理屈や損得勘定より、自分の直感や感情を優先させた方がいい。」


ほ〜〜。お盆はタロットの本を読もうと思います。

 

桃太郎か浦島太郎か

岡島悦子さんの講演をメモったノートが出てきて、


宇宙飛行士に向いているのは、桃太郎か、浦島太郎か?




 


答え:
浦島太郎。浦島は「まいっか」と思える人。そーゆー人の方がアストロノーツに向いている。

 


と書いてあった。

 

私、去年確か、桃太郎って答えた気がする。


答え見るまで忘れてたので、もう一回楽しめました。

三年寝太郎のこと

三年寝太郎のことを考える。


三年寝太郎とは。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B9%B4%E5%AF%9D%E5%A4%AA%E9%83%8E


三年寝太郎は、じつは3年間寝ながら、村の水不足の対策について考えていたのだった…って書いてあるけど、そんなわけない!


彼はぼーっと「マインドワンダリング」してただけだよ!


マインドワンダリング中に、村の人の会話が耳に入って、なんとなく考えてみたことはあったと思う。


その時いい考えが浮かんで、みんなこうすればいいのにとかちょっと思ったことがあったのではないか。


で、村人たちに責められたとき、その深層心理で「こうすれば」と思ってたことをやってみただけではないか。


それがたまたまはまって、うまいこと水が村に回るようになったのではないか。


…という解釈の方が、面白いのに!自分でもびっくりみたいなところが…。

表紙で選んだ本

駅の本屋さんでディスプレイされていて、気になったのに買えてなかった本を、昨日思い出して買いました。写真集でした。


『読む時間』アンドレ・ケルテス

 

読む時間

読む時間

 


直感が働いた理由は
・タイトルに「読む」が入っている
・表紙がキャンバスを貼ったみたいで惹かれる


冒頭に谷川俊太郎の詩が入っていました。この詩が、雨宿りした本屋さんで「本にウインクされ」、勘を信じて買って帰り今読んでいる…という詩でした。すごい偶然。


写真は、1900年代のもので、ひたすら、読むことに没頭する人たちが写されています。


屋上で日向ぼっこしながら読書する人。新聞につい集中してしまったおじさん、舞台袖なのについ本に夢中になった女の子。窓から家の中を覗き込んで、読む人を捉えたもの。


もっとも印象に残ったのは、人はいないけど書斎を写したもの。右側に天井までの本棚があり、そこからはみ出た古い本が視線の高さまで積み上げられています。正面には窓、窓の手前にはすごく小さな机、小さな椅子。


これむかーし住んでた家に似ている。私が大きくなった時にはもう倉庫扱いで、何でもかんでも詰め込まれていたのだけど、「かつては書斎だった」、そういう部屋があり、その雰囲気ににています。


湿っぽい空気を思い出してしまいました。その部屋にはなぜかモナリザのポスターが貼ってあり、目が動いてるように見えて怖かったな!

まずは言葉を集める

昨日、本屋さんで直感に従って選んだ本『プチ革命 言葉の森を育てよう』(ドリアン助川著)読みましたが、端的で独創的な本で、面白かったです。
 
プチ革命 言葉の森を育てよう (岩波ジュニア新書)

プチ革命 言葉の森を育てよう (岩波ジュニア新書)

 

 

格差が広がり続ける社会で、豊かに生きるにはどうすればいいか。そのための小さな方法を提案する本でした。
 
どんな方法か?一言でいうと、ノートに、好きなテーマを決めて、それに関連する言葉を集めるというもの。
 
書き留めるとき、その言葉の持つイメージをありありと思い浮かべるようにして書くこと。例えば、犬という単語を書き留めるとしたら、その犬がワン!と鳴くところまでイメージできるようにすること、それが注意点。
 
それと、受験勉強のように、網羅的にノートを作ろうとしてはいけない。自分の楽しめるいびつな集め方で行うこと。(ドリアンさんは、作家・詩人ですが、40才すぎからフランス語を勉強し始め、星の王子様に関連する言葉を集めまくって、最後は星の王子様に関する本まで出版したそうです。)
 
言葉は物事の差異を教えるもの。日本語は雨に関する単語が豊富だから、日本人は様々な雨を区別できる。イヌイットの人は、積もった雪の表面を表現する単語を、何十と持っているからこそ、雪の質感を区別できる。
 
だから、言葉を沢山知るということは、ものごとの差異を知ることであり、世界を豊かにしてくれることだ、というのです。
 
ドリアンさんが作家で詩人だから、ノートが役に立つんじゃないか?そうじゃない仕事の人は言葉を集めてもしかたないんじゃないか?
 
そういうつっこみに応えるため、後半はいろんな職業人への、言葉に関するインタビュー集になっている。バンドマン兼弁護士、歯科医師、歌人、漁師、などが登場します。
 
中学~高校生向けの本だから端的に書かれているのですが、意外と深い本だと思いました。
 
イメージを伴う形で言葉を集めるということは、使える言葉を増やすということであり、アウトプットを増やすことにつながります。
 
いびつでもおかしくてもいいから、自分の好きなことについて、徹底的に言葉を知り、それを使ってアウトプットすること。それによって常識にとらわれない豊かさが得られる、と言ってる本だと思います。
 
(↑のように紹介したけど、魅力が伝わらなかった気がする。心配だ。とりあえず私も短歌に関するノートを作ろうと思った。)

直感で本を選ぶ

とあるオンラインサロンで、「直感を鍛える」がテーマになっています。


メニューや洋服を選ぶとき、常識に負けず、直感を信じてみる。その後、直感を信じて吉と出たかどうかを検証する。


この過程が直感を鍛えるらしい。


そんなら、レビューやお勧めなしに、直感で本を選んでみよう!と思いました。


さっそくリアル店舗でパッと選んだ本はこちら。


『プチ革命 言葉の森を育てよう』ドリアン助川著

プチ革命 言葉の森を育てよう (岩波ジュニア新書)

プチ革命 言葉の森を育てよう (岩波ジュニア新書)

 

 


直感が働いたのは多分こんな理由。
・もとから岩波ジュニア新書が好き
・俵万智のインタビューが載っている
・「革命」に「プチ」が付いているのが良い


これから読みますー。


(しばらく文章短めで更新頻度多めにするのやってみますー。)

ジャッジされたくない

文章の書き方を教えている人がいて、たまにWeb上のその人の文章を読みに行っていた。


だけど、その人が「正直、40代にもなって何がしたいかわからない人は困る」というようなことを言っていて、その後は二度と読みにいかなくなった。


自分がその人の指導の対象外だとわかったし、はっきり言えばアタマにきたからだ。


今いる状況からなかなか抜け出せない人がいる。わたしもそうだ。


十年一日の日常を送っている。


それは私がそういう道を選んでいるからだ。だけど、少しずつもがいている。少しずつ新しいものを見ようとしている。


そういう人を「もう遅い」と突き放すような先生に、山崎ナオコーラの『お父さん大好き』をつきつけたい。

 

 

お父さん大好き (文春文庫)

お父さん大好き (文春文庫)

 

 

 


【ネタばれ注意】

 


(といいつつ、お父さん大好きが本棚のどこにあるのか発掘できない。近日中に発掘して正確に引用します。ごめんなさい)


脳内から引用するとこんなふう。


仕事がうまくいかず、妻にも逃げられた30代の男性。あとには妻の連れ子、娘が残された。娘はふがいない主人公を「お父さん」と慕ってくれている。


ろくに子の面倒もみられない自分、出社してもまったく成果をあげられない自分、帰ってくると疲れはてて泥のように眠り込んでしまう自分。


それでも、朝、布団から出て、窓をあける。


そのこと自体が、「生きる」「今日も生きる」というシュプレヒコールなのだ。こぶしを挙げて叫ぶのとおんなじなのだ。


……


ていう話。


わたしはこれを先生につきつけて、何が言いたいのか?


「生きる」とシュプレヒコールをあげている人を、ジャッジしてほしくない、と言いたいのです。