短歌と妄想

短歌鑑賞ブログです!と言いつつほぼ読書日記です。

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秋の思い出

一旦寝た後また目がさえてしまった。こうなるとなかなか眠れないんですよね。


秋といえば運動会。


輪になって踊るマイムマイム。むかーしむかし、なぜか小学1年から6年までの学級委員だけ、マイムマイムに参加させられましたね。出て行って、踊らされました。わたし三年一組の学級委員だったので出て行ったんですが。


なんと隣の小4男子が「つなぐな!」とか言って手を繋いでくれないんですね。


おかげでマイムマイムは輪っかでなく、ただの一本の線になってしまい、それがびろ〜んと寄ったり広がったり。


あれはみっともなかったな!


なんの話だ?意味なし思い出シリーズでした。

『マイ・ディア 親愛なる物語』

昭和の少女小説の大家、氷室冴子の没後10年のムック本。しばらく前に本屋で見かけて買いました。


氷室さんの小説そのものも色々懐かしいし(『なんて素敵にジャパネスク』『海がきこえる』など)、ゆかりの人々のインタビューは裏話が盛りだくさんで、読んでてとても楽しかったです。


その氷室さんの昔のエッセイで、『マイ・ディア 親愛なる物語』というのがあるのですが、これ高校の頃読んで、いつのまにか何処かへ行ってしまいました。今回すごく再読したくなり、文庫の小口がまっ茶色になった古本を入手しました!


で、今日読んだけど面白かったよ。


『マイ・ディア』は、いわゆる家庭小説(若草物語や赤毛のアンなどの古くからある少女小説)を、力いっぱいオススメするエッセイなんですよ。


ポコさんのブログに出て来た『「ふつうのおんなの子」のちから』に通じる話かなと思ったのですが、女性のあり方を否定しないんですよね。少女小説で、服装や食べ物の描写を味わう楽しみについても、些細なこととせず、具体例を挙げて賞賛しアツク語っています。


そんな中でも、氷室さんの作家としての視線が作家の文体、題材、描き方と時代背景の関係にも及んでいて鋭いです。氷室さんの少女時代の感想と、大人になってからの作家としての感想が両方読める感じのエッセイです!


マイ・ディア買ってよかったと思いました。この本の中で「一番好き」「絶版で悲しい」と言及されてる家庭小説『リンバロストの乙女』は、平成の末の今、河出文庫になってて、かつKindleでも入手できるので、とても手に入りやすくなっています…はい、これも、指が勝手にポチしましたね〜〜。

 

おまけ:

しばらくブログさぼってしまいました。


書いていないと、ちょこちょこ興味持ったこととかもすぐ忘れてしまうので、備忘録的な意味でも書こうと思いました。


短くても書いていこうと思います。


どうぞよろしくお願いします。

 

『氷室冴子: 没後10年記念特集』

https://www.amazon.co.jp/dp/430997953X/

 

 

マイ・ディア―親愛なる物語 (角川文庫)

マイ・ディア―親愛なる物語 (角川文庫)

 

 



 



 

決まってる。温存だ。

入江亜季さんは『群青学舎』を読んですぐ好きになった漫画家さんだ。


でも、二つ目の長編『乱と灰色の世界』はまだ読んでいない。


なぜかというと温存だ。これ、前に友達のブログにコメントで書いたのだけれど…。


あまりにも誰かの漫画を(小説でも)好きになると、コンプリートごころにストッパーがかかるのです。


学生の頃は、コンプリートしてた。ブックオフ駆けずり回ってコンプリートしてた。


でも、いつからか、全作品をコンプリートしたあとの、虚脱感が嫌になってしまった。長い時間待たないと新しい話が読めないし、その作者が死んじゃったらもう二度と新しい話は読めないじゃないですか。それが嫌なんです。


それで、一つか二つ、作品を温存しておくようになった。ちょ〜〜落ち込むような人生の危機のためにとっておいてあるんですね。


萩尾望都作品も、ほぼ読んだけど、バレエ漫画を二つ、読まないで温存しています。


ここまで書いて思ったけど、自分が突然死んじゃったらどうするんだ。温存しといた作品が読めないぞ!!

もう漫画読むだけでいい

すんごく落ち込んだときどうするかというと、漫画を読む。うまくすると浮上できるからだ。


今回はこの漫画を読んでとっても良かった。(2巻まで出てます、まだ続きます。)


『北北西に曇と往け』入江亜季

北北西に曇と往け 1巻 (ハルタコミックス)

北北西に曇と往け 1巻 (ハルタコミックス)

 

 



ストーリーはすごくゆっくり進む。雰囲気とキャラクターと細部の書き込みを楽しむ漫画だと思う。あー、なんて、美しいんだ!!


アイスランドが舞台で、若い探偵が主人公。第2巻は、主人公たちとともにほぼアイスランド観光地めぐり。でもとっても没入できます。


読み終わってひじょーに満足して、意外といい一日だったな?と勘違いする。


いや勘違いじゃないよ。いい日だったよ。


私の脳内では入江さん製のアイスランドに行っていたんだ。私は体験したんだ。


誰かの漫画を読むためだけに生きていても、いいんだ。

分人

平野啓一郎の分人主義の本を読みました。

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)



平野さんが、高校時代の友達と、大学時代の友達、両方と一緒に飲みに行った時の、居心地の悪さから着想された本のようです。


ある人の人格は、ほかの人とのコミュニケーションにおいて生じる。ある人との間で生じる性格を、分人と定義する。多様な人と接する人は、沢山の分人を持っている、というのがキモの考え方です。


学校でのしっかりものの分人。
ネットでのはっちゃけた分人。
家族の前での甘えっ子な分人。


八方美人は、分人が多すぎるのではなくて、一つの分人をいろんな人に使いまわすから嫌われるのだ、という指摘が面白い。


特定の人と親しくなると、その人との間に新たな分人が形成される。でも、片思いだと、自分はその人用の分人を形成しているけど、相手はほかのクラスメイトと同じ、浅い分人で接してくるかもしれない…。


ある環境で、萎縮した自分(分人)でしかいられないのなら、その分人がメインだと考えなくてもいい。別のコミュ二ティで生き生きしている分人を、大切にすることで、自分を傷つけるような考え方から逃れられるかもしれない。


誰かが亡くなった時。周りの人は、その人を失っただけでなく、その人との間で生じていた分人をも失うことになる。その影響は計り知れない。


という感じでいろんな現象を、分人という観点で整理し直すと、おお!という発見があります。

 

「スラック」の概念を知った時と同じくらい、へえ〜〜!と思いました。
 

涙と眼鏡

眼鏡を拭こうとしたら、ポツポツ白っぽい水滴の跡がたくさんついている。


あれー。今日は泣いてないのになんで?寝ながら泣いたのか。


と思ったけどよく考えたら、今日は夕方横なぐりの雨だったので、ふつうに雨の跡でした。


鷺沢萠の短編集に、主人公が泣きながら、「涙は吹き出すのである」と考えるシーンがあるんですよ。


下に静かに落ちるなら眼鏡は汚れない。そうではなくて、泣くと、レンズにポツポツ水滴がつく。すなわち、涙は目から前方へ吹き出すのである、という話でした。20代の頃読んで、確かに〜〜と思ったものです。


その後私も、泣いた後毎回、眼鏡を洗いながら「吹き出すのである」と思うようになってしまった。


この短編集だったかな?

『海の鳥・空の魚』

海の鳥・空の魚 (角川文庫)

海の鳥・空の魚 (角川文庫)

 


 

先日、母が小さい頃の話をしていて、突然、「あんた昔よく転んで膝擦りむいてたでしょう。傷跡残ってるんじゃないの?見せなさい」。


父も「そうだったな見せてみろ」。


見せたさ。親の前で、30年ぶりくらいにこ汚い膝見せた。


でも大きな傷はなかった、小さな傷だけで。


母は「たいした傷残ってなくてよかった」と安堵していた。


親って、中年になった子の膝の見た目まで心配するんだな!笑ってしまった。ずっとズボンだし、傷があろうがなかろうが問題ないんだけどね。